語韻 余韻

語韻 余韻 について

「故郷へ心のとげを抜きに行く幼ら連れし昔もありぬ」 (槿花さん2002年9月4日) 心情が乗って、いい歌になっています。「故郷へ心のとげを抜きに行く」なんて、なかなか出来る表現ではありません。これは現在形ですが、今でも、という気持なのですね。あとの「昔」とちょっと相容れない感じではありますが。 添削: 「故郷へ心のとげを抜きに行く。かっては幼ら連れて行きしかな」(槿花) (結句の字余りは、余韻を高 […]

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「うす青の空を見つめる静かさに花と散りゆく春物語」 (きょうこさん2002年4月29日) 美しい言葉の斡旋ですね。まさに短歌、という感じがします。語感もいいですし。「うす青」としたのは、春霞を意識したのでしょうね。また、「空を見つめる静かさに」(静かに空をみつめること?)と続くのか、「空を見つめる」で小休止するのか、微妙ですねぇ。結句の「春物語」が少し解かり難いですが、「春に生起する(春に相応しい […]

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「儚きは花のみにあらず ひとひらをうかべて恋し夫婦湯のみに」(桐子さん2002年3月29日) しんみりとした、いい歌ですね。「湯呑」だけではなく、そこに一片の花弁を浮べるなんて、心憎いですよ。それに前半が共鳴して、すばらしい。。。ほんの少しだけ添削を・・・ 添削: 「儚きは花のみにあらず ひとひらをうかべて切な夫婦湯呑の」 (桐子) (「切な」は語尾を上げて。「刹那」ではありません。「切なき」の「 […]

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「想い出の義母の遺せし桜花たまゆら揺れて花の散る迄」 (夢子さん2002年3月23日) 義母さんと何年一緒に生活されたのですかね。 義母さん手植えの桜ですか。どの程度成長しているのでしょう。 吾が職場の裏手に20年前に若木で植えられた桜並木があります。今は立派に花を咲かせます。(今年はまだ今のところ蕾状態。ちょっと遅れ気味?)それで想像していいのかな。  この桜はもう咲いているのですか。去年までの […]

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「ほの暗き城門くぐり大銀杏耀く道を武道館に着きぬ」 (幸乃さん2001年12月6日) いいですねー。「ほの暗き城門」という重い出だしが、「武道館」の暗く重みある語感に呼応しています。その中間が陽光あふれる道で、すっかり黄葉した大銀杏並木がまぶしく輝いている。。。やわらかを出すため「耀く」をひらがな表記とし、また結句だけ添削しておきます。 添削(梧桐): 「ほの暗き城門くぐり大銀杏かがやく道を武道館 […]

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「ぐっしょりと重たいものを持つ夢に目覚めて外に雨音を聞く」 (幸乃さん2001年10月28日) 初ニ句「ぐっしょりと重たいものを・・・」はどうですかね。「ぐっしょりと」濡れて重たい、なら解りますが。結句、「聞こゆ」なら添え書きどおりですね。「雨音聞こゆ」とするのです。初句の「ぐっしょりと」は結句の「雨」と繋がっているわけですね。だから、この語は捨てられない・・・。 添削・改作(梧桐): 「ぐっしょ […]

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「今日もまたこの一日を掬い取る言葉なきまま眠りに落ちる」 (酔狂さん2001年7月17日) 作歌する者が時として味わう悩みを味わっておられて、よく理解できます。 最後を言いきるかどうかは、内容次第ですね。言いきって十分余韻が残る作品も勿論多々あります。余韻は印象に通じ、読者の心にいかに残るか、です。 この作品、第一、ニ句が重複語で残念です。また、この歌の芯ともいうべき「言葉なきまま」に、懸命にさが […]

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短歌には定型詩としての言葉の美しさ、リズム感が必要?そして人にいろいろな意味での感動を与える内容を盛り込む?・・・・そういう手だけとして語韻とか余韻とかいうものがあるようですがそれっていったいどんなことですか? 「飢餓ゆえに言葉失う人ありて言葉に飢えし我は痴れ者」 (酔狂さん2001年7月14日) 酔狂さんの作品は迫力があり、力があります。今回の作品はそれに応えるだけの歌材・内容ですね。これにさら […]