作歌の姿勢や手法
「咲き誇りしむくげ衰え蕭条と茶室に雨の降る音を聴く」(宋見)
今日の茶花を考えて、夏の茶花「むくげ」がひとまわり小さくなり衰えを感じ、さてどう活けようかと茶室の外の秋雨の音を聴きながら考えております。いつも親切なご指導有難う御座います。
私の歌は感情移入が過多で修飾が多すぎるのかな、もっと冷徹な眼で現実を見つめ余計なものを削ぎ切った真実を伝えなければいい歌は詠めないのだろうかなどとかんがえこんでおります。如何なものでしょうか。
槿ももうおしまいですね。「蕭条と茶室に雨の降る音を聴く」ですと「蕭条と」が雨の降る様子の形容ととられ、「蕭条と茶室に雨の降る 音を聴く」と繋がりそうですね?なお、作歌の姿勢なり手法の件ですが、色々と試みられて自得されるしかないと思います。もっとも、宋見さんに関しては、それほど考え込まれることはないと思いますが。
添削:
「咲きほこりし槿おとろへ蕭条と降る雨の音茶室にこもる」(宋見)