意味の違う漢字
「繰りかへし繰りかへし児に匙運びし日我(われ)乳色のカプセルの中」(銀色の風)
まだ意志の疎通も出来ない、ただ親の庇護を求めている幼児の親に自分がいざなったとき、喜びや幸せはむろんですが、それ以外の思いもありました。外出の多い仕事を減らし、家でこどもと向かい合う毎日。乳色のカプセルに「閉じ込められている」という使役の気持ちと「閉じこもっていたい」という思いがないまぜでした。今、思えばどちらも懐かしいです。歌の「我乳色の・・」の部分ですが、続けて書くと漢字が連なって「がにゅういろ」と読めます。こういうときは構成を変えるしかないでしょうか?「われ乳色の」で意味が通ればいいのですが。
幼子の育児当時の思い出ですね。初めて子を産み、育てるという経験は、女性にとってこのような感覚なのかな、と思わせられる一首です。子がまさに自分の分身に思える時期でもありましょう。幼子には個性がすでに芽生え始めているのでしょうけれど。なお、言われるように「日我乳色」と意味の違う漢字がこのように連続することは避けたいですね。読みづらいです。「われ」でいいです。
添削:
「繰りかへし匙を幼児に運びし日々われは乳色のカプセルの中」(銀色の風)