ずるずるずると過去へ引き込む唄流れ臍(ほぞ)のあたりが寂しく濡るる
悔やみけり死の床の弟が兄われに会ひたがりしと後(おく)れて聞きて
中学時代、卵焼きと梅干の弁当をまだ若き長姉がつくり呉れしかな
何カ月ぶりだろうこの朝の涼風は。写真に撮れるなら撮っておきたい
思へるは役所勤めの三兄が自慢せし‘速記術’今も使はれをるや
驚きぬ吾が生まれし日の‘曜日’をば機械が瞬時に答へたりけり
とうとつに島倉千代子の唄流れ「ああ次兄が好きだったなあ」とつい呟けり
写真に知るベランダの餌を食べに来るはスズメらだけでなく名も知らぬ鳥も
あるドラマでさめざめと泣く乙女子の黒髪にまとはり胡蝶が舞ふなり
八十歳半ばの脳髄を生かすのはその尖端にふるへるトレモロ