観念歌
「寂し時このみて読める歎異抄 深遠崇高浄土えの道」(九里多朗さん2001年9月6日)
自分がフイに理由も無く寂しく成る時が有ります、そんな時に好んで読むのが歎異抄です生きて行くも浄土に行くのも、ただ念仏を喜ぶだけで総てが助けられて頂ける様な気持ちになり心が安らきます・・・少し観念的と思われるかも知れませんが私は歎異抄を読む度びに安堵感に救われているのです。
観念歌もあり得ます。心こもれば、観念歌も人心を打ちます。「歎異抄」に救いを求められる、その情景がはっきりと浮かびます。ご年齢は分かりませんが、やがてわが身ですから。添削は、文法的で最小限のものです。
添削
「寂しきに好みて読める歎異抄 深遠崇高浄土への道」 (九里多朗)
(初句「寂しきに」は、「寂しき時に」の時を省略したものです。)