画像をクリック(タップ)すると自動で見ていただけます。画像右上のボタンで一時停止、再開、手動での更新ができます。

見るからに枯れ木然たりし躑躅なれど緑葉吹きつぎ不思議のごとし

思ほへず東海林太郎(しやうじたろう)唱ふ 流れきて悲し旧日本軍

春陽のかがやく庭に感嘆す“清浄明潔”とはよくぞ言ひたる

忘れ得ぬシーンの一つ子ら襲ひしカラスを親ツバメが襲ひ地面へ落としき

つくづくと我ら時間に操らるそれは‘時’こそ神なればなり

漱石の を朗読にて聴くに「わたし」とふ発語あまりに多し

かすかなる酩酊に浮かぶ幻影の悲しくもあり寂しくもある

「「正す」また「糾す」そして「質す」とありいづれも「ただす」ながら意味はさまざま」「「修業」と「修行」は意味も読みも違ふ。日本語はつくづく難しと思ふ」

聴きすませば雀にも多様な鳴き方あり‘雀語’にて会話をしてをるらむか

「驚きぬ庭に雀の骸(むくろ)ひとつ仰向けにありてあはれなるかな」
「あはれなり雀の亡骸(なきがら)、餌を競ひ番ひの野鳩に殺(や)られたるにや」

花水木の花は上向きに開くゆゑ写真は屋上から撮るがよろしも

今の世になほ攪乱のあらばあれこの身しづかに清浄に保たむ

次百(つくも)とは次も満点を、との心 短歌(うた)においては容易ならざり

われわれは樹木は長寿と思へるにソメイヨシノは数十年、人より短命

鴻毛は軽さの極み、鴻恩は大いなる恩、‘鴻’はいづくに

過ぎ来(こ)しの記憶を辿り或る人は涙にむせび或るは笑ふか

雀にやる細かな餌を野鳩二羽ねらひて来るなりあはれとも思ふ

小児科医院廃業ののち間なくしてショベルカー二台にてたちまち更地に

「覆ふ」とも「覆へす」とも使ふ「覆」の字に「鞍馬天狗」を想起するわれ

白き花片散るなべさながら早緑(さみどり)の花のごと若葉の生(あ)るる花水木

肩おとし歩むサラリーマンにうなかぶすゆらりと高き向日葵おもふ

部屋内(へやぬち)に数個の時計をめぐらせてそれぞれの遅速を気にする生活

‘鬱’とふ字は見るだにうつとうしき気分になるこの字を発案せし人に脱帽

中国の「三国志」にて思へるは曹操と信玄がふしぎに重なる