霊柩車過ぎゆきしのちの空間にただしんしんと雪の灰満つ
闇の底ほの白うなし乱舞せる雪ににじめり信号の〈赤〉
路灯差す窓にその影をどらせてさかんに雪の降れど謐けさ
一輪車に乗りゐるごとき心地にて吾が在る位置を量り兼ねたり
神殿の庭に焚く火がそをかこむ児等の瞳に映りつつ涼し
町並はまさにあるべき姿にてみ雪もよひの午後を鎮まる
差し出だす手に降りかかる雪片のさらさらせるは魂(タマ)なきがゆゑ
闇深く厳しくたてる時計の音 正確無比の間(マ)の無限回
近山に雲迫りつつ煙れるは密度濃く雪の降れるなるべし
直立てる杉の枝よりずり落ちし雪に驚き鹿跳ねにけり
両眼を閉づれば暗夜に展開する心すなはち吾が大宇宙
乾きたる自動車(クルマ)の音がいつよりか春雨を裂く音となりゐつ
てのひらに青き地球を載せなどして宇宙の闇を泳ぐ 夢にて
幾許の犠牲といふか《人類の未来》悲しも宇宙船燃ゆ
真鶴の伸び上がりたる頸いくつ人間に似る求愛なすよ
当人にとりては何でもなきものかヴィーナスの胸、天才の智恵
がうがうと地下水脈を流れくだるあかき湧水のごとき血を欲る
垂れ籠むる雲のあはひに腹見せて鮫泳ぐごと軍用機飛ぶ
殺伐の研究室に寥々と風鈴鳴るは誰(タ)が心根(ココロネ)か
丸の内地下道深くとんぼ翔ぶ核戦争を予感せしごと
なか空に雨こもらへば闇白し二階より見る路面の冥さ
太股(モモ)のやはらかき皮膚求めつつ蚊の起こす小さき風の愛(カナ)しさ
逃げ水のなほその先を逃げてゆく白き虚空をひたすらに追ふ
われの怒気はかりつつその我儘を強めゆく術なかの子得たり
湿原にてまろびし吾娘(アコ)の脚の泥を岩清水にて洗ひてやりぬ
虚ろなる時の間ありて忘れしこと思ひ出すこと淡々と深し
ネバドネルルイス火山のしはぶきに一つ小都が消え失せしとふ
今しばしオイストラッフの弦音にこの脳髄を麻痺せしめむか
ひたむきに核の脅威を伝ふべきテレビ画面の異様にうつくし
核といふ人類普遍のデーモンのかなしさ湛ふ軍事基地の夏
一ノ宮お市まつりの広場にて野外ジャズバンドづしづし響く
前をゆく黒き自動車(クルマ)に高島田の後姿(ウシロ)が見えてゆく秋哀し
ジャングルも高度文明社会でも慣るれば同じと小野田氏言へり
憎きこと人に言はれて感情の動き出だすを詳さに追ひぬ
日本書紀天武十三年七月(フミヅキ)に記せる彗星よ今年で幾巡
見たりけり中村紘子の蟹這へるごとき鍵盤上の指のさばきを
闇深き墓地よぎるとき墓石に木星ひそと吐息をはけり
漣に砕くる月の影となり砂金のごとし初晶の氷
闇深く何か聞こえし気配して聴き入ればああわが心拍音
心といふ袋を何にて満たすべき 肉ならば欲、骨ならば惨
自らは意識せざれど森進一縄文人の声にて歌ふ
「あ、これはあたし知ってる金魚草、金魚草よ」と八才の吾娘(アコ)
泣き濡れてなほ揺れやまぬ薄幸の女心を写すストケシアかな
紅蜀葵(カウショクキ)まさに真紅に咲く見れば汝(ナ)が自己主張も時によろしき
無惨の夢 鬱金(ウコン)の華の咲く蔭に三島由紀夫が鉢巻き姿
灼熱の恋を恋ひつつ老いづけどなほアネモネは黙(モダ)深くあり
素枯れたる擬宝珠ならばある夏のしほたれしわが心知るべし
平凡に生き難きこと嘆くより庭に群れ咲く羽夫藍(サフラン)に泣け
藤棚にさかりの藤の垂れ花の砂捲き上ぐる風に波打つ
曼陀羅寺藤まつりにてひとびとのそぞろに歩む藤棚の下
境内にひしめき並ぶ露店縫ひわが転生の子等ははしゃぎぬ
末の娘(コ)の掌(テ)に触れられててっせん(鉄線)の揺りたる見れば春の渦巻
きしきしときしみ合ひつつ群桜(グンアウ)の川波照らす日に白く炎(モ)ゆ
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