第二歌集<ザ・キャピタル>:例歌

 きりぎしに向かって進む鋸歯状の波列つぎつぎ打ちかへさるる

 熊野灘 躍る濤、濤、また濤の間隙衝きてぱっとたひらなり

 薄日差す朝にときをり雪が舞ひ日に入りながらきらめきやまず

 火照りたる耳朶のあたりに卵(ラン)ほどの空洞ありてふるへ止まずも

 露しげき玉紫陽花は楊貴妃の愛語に潤む乳房なりけり

 ひとつ生(ヨ)の黄昏に在る心地にて窓打つ雨の雫視てをり

 青白き氷塊ひとつ浮けしよりコップ素早く曇りゆく見つ

 霧しまく高速道路を行くごとき不可知論の先に吾が生ありや

 炎天に膚(ハダヱ)灼かれて歩みつつ英雄虚像論の空しさ思ふ

 ジェット機の衝撃音にうち震ふこの空間も秋の気配す


 滾々と白き雲より湧く雨に生命のきざし観るべかりけり

 白浜の玉砂利を越すさざ波にデモンも神も声ひそめたり

 頭(ヅ)の上に太陽光がうづまけば掌(テ)に汗浮きて故なく不安

 風そよぐ河原に立てば昇りゆく雲雀の鋭声(トゴヱ)が児らに降りかかる

 君見ずや平均台に脚開くシャポシニコワの愁ある眸を

 白々と開脚しつつ外(ト)つ国の少女は碧眼に海湛へたる

 雨季なればこの美少女の幼な乳(ヂ)も汗ばみをらむ鈍行電車

 アメリカの大陸に吹く旋毛風樹間をくぐり地鳴りおこせり

 闇の風樹木ゆるがし吹き猛りいざよふ音や酩酊ふかし

 ビル陰よりグリーンベルトに出でしはな ザ・キャピタルがうちつけに見ゆ

 新芽ふく榛の大樹の細枝に小栗鼠屋根より飛び移りたり

 裸心にてカメラの前に脚開くほとけのをみなこの世にはゐる

 単純に且つ精細に図られしモンドリアンの色面分割

 愁嘆のサーカス家族描きたる青の時代のピカソ親しも

 ただざまに光と空気描きたるフェルメール三点真珠のごとし


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