隧道を抜くればカナダさゐさゐと白緑色にカナダ滝垂る
雨合羽を被り舟にて近づけば滝壺寒く晴天の霧
トロントへ百十キロの速さにて自動車飛ばせど捕まらずけり
西へ西へ逃げ水追ひてひた走るヒッチハイカー目にもとどめで
愛車には冷房はなし吹き込める窓からの風コロナめきたる
揺れたるは空気ならずや自動車にて北米中原駈けつつ眩む
アメリカの土漠地帯をひた走り飽きもせずただ満天の藍
追ふものも追はるるものもしばし絶えてただに走れり西へ西へと
ただ広くのっぺらばうの道つづき愛車不調も気にしてはをれず
烈日に眉焼かれつつ走るゆゑ砂漠は憎し日本が恋し
黒々と通りたる一本の道ありて北米大陸をほぼ横断す
チェイエーヌ市街で遭ひし日本人は隻語を残しそそくさと去ぬ
モルモン教総本山の寺院にて黄金文書を驚き目守る
サボテンの下に群れ咲く砂漠花はコスモスに似る哀しさ湛ふ
ぎらぎらのカジノ・ド・ラスヴェガス小心にカジノは為ねど人海うれし
時刻みコロラド河に削られし層状組織の寂しきひろがり
人容れぬ岩盤地獄は抉れつつ裂けつつただに寂漠ありき
一キロの奈落に突きづる巌鼻に座禅なすあり日本人ならず
東岸より六千六百十余キロひたすら駈けしビュイック ダウンす
ガス籠もるロスアンジェルスに黒人のスラムは長く暗き洞なす
風唸る金門橋を渡りつつセピア色せる橋桁見上ぐ
芸人が帽子差し出し目の色にチップ乞へれば小銭を入れぬ
ほの暗き思ひを秘めて見下ろせりサンフランシスコの湾のかがやき
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
黒き血の駆けめぐれるや澱みたる疲れを癒す術もなき身は
河に沿ふ公営馬場に長き影引きつつ悍馬朝駆けをせり
雪わづか降りたるのちの泥濘に脚とられつつ馬が息吐く
帰宅時の車窓にはしる幾閃の雷光さびし《十戒》を思へ
休日の朝床にしてしのび聴く泉のごとき室内楽を
竹群の秀に風わたり朝の日が金粉となりて飛び散るあはれ
ぼくも君もみんなあはれよ例ふればあぶくのごとし滅びを生きて
とほりゆく黄色の薄きワンピース逆光の中肉体透けて
乗継ぎの電車に座して出を待てば雲払ひ出でし満月眩し
窓開けて朝風とほす民家ありて鮮血色の玩具など見ゆ
薔薇の棘に手触れたるべく鮮血の指より出でてふっと快し
平原を鏡となせる水張田を巨人跨ぎてよぎる気配す
雨の午後車中にをりて水滴のレンズ効果を見つつさぶしも
過労にて眠られぬ夜は地底よりをんをんと泣く自が声聞こゆ
卓上に薔薇一輪を挿し留めし小さき口の徳利を愛す
チャイコフスキー・ピアノ協奏曲第一番耳に鳴りつつ日は暮れゆけり
光なき夜の田園にたたずめば四囲限りなくかはづ鳴きたつ
掬ひけり 白根火山の火口湖の硫黄に淡く濁るさ水を
遠花火車窓に音なく開花せり酔ひ痴れて身は涙滂沱たり
尾鷲いま暴風圏に入りにきとテレビ画面にひっそりと出ぬ
真上より夏の日照れる路地裏に流るるジャズバンド憤り聞く
疎みきてはたある時は焼け陥ちし街にゐるごと人の恋ひしき
夜の嵐近づくらしも遠闇の高き樅の木風に揉まるる
前照灯きらめき過ぐる中にして点さずゆくは深き顕示欲
渇きもつ心に聴けり荒寥の砂漠に相応ふ電子音楽
明けに聴くショスタコーヴィッチ第五番消え入りにつつ雲雀鳴き立つ
思ふことそのまま口を衝きて出る女のをりてテレビにぎはす
をんをんと風に向かひて夜を吠ゆる犬の孤独を思ひて眠らず
幾百の自転車乱雑に置かれゐて日に燦たるを電車より見つ
灼熱の鉄鋼塊を溶断せるガスカッティングの閃光すずし
第一歌集「白幻」へは[ここをクリックして下さい]
第二歌集「ザ・キャピタル」へは[ここをクリックして下さい]
第四歌集「雪と花」へは[ここをクリックして下さい]
遺伝子の二重螺旋の分子鎖が騒立ちし日に受肉せし身か
建設の鎚音の間にちりりんと風鈴の音の混じるぞあはれ
梧桐学ホームページへは[ここをクリック]