経済
- 2016.01.29
“経済”は近代の語と覚えしに唐詩にも見て眉間を割らる
梧桐学が日々詠んだ歌の収納庫です。
“経済”は近代の語と覚えしに唐詩にも見て眉間を割らる
草書では「闇」と「響」はほぼ同じ。闇にいんいんと響くは銅鑼か
「人は花」と言ふは美称にあらずして古くは儚さの喩へなりしよ
新聞でさえも・・・: 「巡らせて」「応ぜず」は誤で「巡らして」「応じず」が正。誤用が氾濫す
‘現象’と‘象牙’に関連なけれども共に‘象’を持つ理由(わけ)は知らずも 万葉集に歌の重複多くして漢字表記の異なるは何故(なぜ)
「かわせみ」を「翡翠」と書くこと今さらに杜甫の漢詩に見て安堵する 家持と杜甫が活躍せし時代の重なることは偶然ならずや
日本語に‘群(むれ)’といふ語はひとつにて英語では種(しゅ)ごとに異なる をかし しばしばも思ふことありこの宇宙、ひと生(あ)れざれば認識さへされぬ
万葉仮名より万葉歌へと書き下すに唯一の仕方と思へぬ歌多し つらつらと不思議なりけり万葉歌の漢字表記はたれがなしけん 一音一字の万葉歌より仮名文字が生まれき 誰が始めたりけん 現代風に心理の揺れを詠ふもあり「万葉歌は雄渾」とふ説は嘘なり 万葉の相聞歌には他人(ひと)の噂気にするものがあまりに多し
万葉の用語に朝鮮語と同源なるもの多きこと何を語るや
光れども光源ならず 光源氏(ひかるげんじ) 光源の氏とはよくぞ名付けし 2015年は乙未(きのとひつじ)で9月1日は庚辰(かのえたつ)の日と算(かぞ)へしがいかが