推敲の仕方

「雲間より光りのシャワーが降り注ぎ見下ろす琵琶湖は輝きを増す」(ゆう子2002年9月24日
 歌は、伊吹山の標高1260メートル地点にある駐車場から周囲を見渡したときの感動で、とくに琵琶湖が予想以上近くに見え、傾いた日の漏れ陽をたまたま受けて光り輝く姿が見られて、得も言えぬ美しさだった。それを詠んだのだね。「光りのシャワー」と名詞で使うときは、たとえ口語新仮名でも「光」でいい。(他によく誤用される例に「話し」がある。名詞なら「話」でよい。「話し」は「話す」という動詞の連用形。確かに、この連用形が転じて、名詞「話」が出来たが。それは「光」も同様。動詞の連用形転じて名詞となるということ、その他にも沢山例がある。その場合、活用語尾を残さないことが多い。残す例もあるが、それは名詞としてまだ十分自立していない語。例えば「焦り」など。)
 この歌、美しい一瞬を捉えたところはいいけれど、語順など、まだ推敲の余地がある。第一、伊吹山が出てこないのは惜しいし、変だね。「見下ろす」だけでは惜しいのです。
添削:
「雲を破り射す日に琵琶湖が輝くを伊吹山より茫然と見き」 (ゆう子)
(「雲破り射す日に琵琶湖輝くを伊吹山より茫然と見き」とすれば、字余りなく、定型に収められるけれど、全体に詰まった(窮屈な)感じとなる。それゆえ、あえて字余りを使い、語調にゆとりを与えた。)