二月の短歌


     二月一日

「時くれば闇は襲ひぬ所詮わが憂鬱の瘤はわれのみのもの」


「今月ももう終わりだと月々に繰り返す弁は空気に似たる」


「もう二月、信じられない感覚は心的バランスのほころびによる」


     二月四日

「忙中は時間の感覚うせるゆゑ因果律さへ危ふくなりぬ」


「忙中は人事のことも忘れはて能面よりもおだやかな貌(かほ)」



     二月五日

「正面に見えし三日月いつしかも右に移りて靄に裹(つつ)まる」


「海底も山もあるのに空間に人住まんとて犠牲相次ぐ」


「人間の叡智も犠牲を強(し)ふることスペースシャトルの悲劇に知りぬ」


「アメリカは富める国とぞ人言へど貧民窟の多きはいかん」


「何もかも砕かんほどの武力持つアメリカだけが正義といふか」


       二月六日

「道の端の小さな沼地に翼ゆらし休む青鷺つとこなた見る」


「昨夜よりやや太りたる弓の月中天にありて星寄せつけず」


「『短歌とは何ぞや』と問ふその声は真摯に心を詠みきたる女(ひと)」


「解釈を容(い)れざる歌あり語に拠りて幾多の解釈強ふる歌あり」


「はらわたの奥から声を絞り出し月に向かって咆えたい日もある」


     二月八日

朝-
「前車なる後部ガラスにあざやかな虹立ち冬の日にひそむ春」


夜-
「雪がはや春雨となる今宵にて窓の油膜に灯が虹を成す」


「マリア様処女にて受胎の伝説はクローン技術の先駈けならむ」


「雨の粉闇に霧なし暗黒の宇宙にとよみてわが心(しん)鼓動す」


「肉体と精神といふ二元論ならず心は別といふ論」


「精神と心は別と言へる論ありて心のありやうを悩む」


     二月九日

「娘いま廈門(あもい)にあればわが妻は中国すべてに関心深む」


「地上より三百メートル上空へ実に静かにリフトは運ぶ」
〈注:リフト=Lift、エレベーターの英国読み〉


「為せば成る技術といふか十円玉立てて倒さぬリフトの動き」


「ツインビル展望階に上り来て木曾御嶽山(きそおんたけ)をデジカメに収む」


「御嶽山(おんたけ)の左方は乗鞍・・地平には中央アルプス低く横たふ」


「俯瞰せる名古屋市街を縦横にうねる道また高速道路」


「見下ろせば名古屋市街と周辺にびっしり詰る人の建物」


「あああれは138タワーわれら住む町のシンボルばうと見えをり」
〈注:138タワー=138メートルの4脚の塔。これは市名の一宮(イチノミヤ)に因む。〉


「遥かなる岐阜城・金華山看板に指示あれど観えず霞深くて」


「西南は名古屋港臨海地帯にて水平線が夕光湛ふ」


「名古屋港臨海工業地帯なれ南の地平に幾多煙突」


「帰路にして木曾御嶽山(きそおんたけ)が斜陽浴び赤く染まるを電車より観き」


「空間に水満つるごとよく晴れて妻と二つの魂(たま)濯(そそ)がれぬ」


     二月十日

「ひと日中多忙に暮れし夜なればPC画面に睡魔が踊る」


「この身いま熔けて大河に交はれば河口あたりは青く濁らむ」


「自我といふどうしやうもなき業(ごふ)が時をり頭を擡(もた)げ悩ます」


「平和はまづ自己からそして家庭から、さすれば国に世界に届かむ」


       二月十一日

「真か偽か建国記念日問ひはせでただ休日を愉しむが善し」


「暖かき二月中旬雨の日に鳥鳴き花咲く浄土思はず」


「胴体をぶった切られた庭の木のその断面に春雨流れ」


     二月十四日

「ただいまは冬と春とのせめぎ合ひ山を霞ませスギ花粉飛ぶ」


「<目には目を>イスラム教が米国に伝染せしか<核>辞さじとは」

「戦闘が中東の野を焦がすころ日本は桜か牡丹か百合か」


「冬の街つつめる穹(そら)はただ蒼く渺々(べうべう)として死相を蔵す」


     二月十六日
「歩みつつ風の匂ひも春めきてキラリと光る妻の眦(まなじり)」


「いつよりか背を丸くして歩く癖しばしば妻に言はれ身を反(そ)る」


「不思議なり七日に一日休むこと時代を超えて万国に根付く」


「その昔天地を造り賜うたる神さへ七日にひと日休まる」〈旧約聖書〉


「百三十七億歳と現代の科学が宇宙の年齢を定む」


「イラクとか北朝鮮とかは身に余り光と宇宙の謎に没頭せん」


〈口語新仮名一首〉:

「始まりはあって終りはないという最新宇宙論ゆがんでいないか」


     二月十七日

「イラク今大量毒ガス隠し持ち自由の敵と言ふ人をれど」


「毒ガスや核兵器さへ持つ暗き北朝鮮の行く末見えず」


「北朝鮮、核や毒ガス持つならば隣国もまた対抗すべきや」


「北鮮のテレビ放映観るたびに戦前のわが皇国思ふ」


「再びをビンラーデンとふ名前聞き胃腸に癌が殖ゆるも宜(むべ)なり」


口語新仮名の歌:

「イスラム教過激派無差別自爆テロ聞くたび肺腑に風穴あくよ」


「イラクまた北朝鮮に悩むから心臓の毛も抜け落ちるだろう」


     二月十八日

「ベートーヴェン、ヴァイオリンソナタ・クロイツェル車内に鳴りて外は満月」


「十五夜も十六、七夜もまんまるの月にていささか不気味でありける」


「満月の白き面(おもて)に影絵なす枯山水を踏みし人あり」


「冬の末はや日の光(かげ)はあたたかく錆の心も水色になる」


「デスマスクいづれなるかや伎楽面あるいは童子か恵比寿の面かも」


     二月十九日

「雨水(あまみづ)を<うすい>と読ませ中気とす雪から雨に変はる頃とぞ」


「マスコミに脱北者なる語があふれその語の意味を知らぬ者なし」


     二月二十一日

「月面に径二十メートルの隕石が衝突したるを撮りし人あり」


「冬空を西から北へ水平に喉(のみど)の高さに白き気流あり」


「内奥にジキルとハイドを潜めもつ人とふもののあはれさを知れ」


「狂信と狂人の差のあやふさを孕みたるまま戦(いくさ)の談義」


     二月二十二日

「地中には何棲むならむ冬空に伸び行く飛行機雲に思へる」


「地球にはまだまだ住めるところある何に喘いで争うのだろう」


「地上には10万人都市ビル計画、海底都市の構想もある」


「東京とニューヨーク間を30分、スペースプレーン計画もある」


「戦争は誰でもいやだと言いながら戦争準備をせっせとしている」


「渦巻きは北半球は左巻き南は右なり。汝(な)が渦は、さて」


     二月二十四日

「帰路さびし東の空にあるはずの月出でぬまま家へ着くまで」


「山暗く未だ出でざる月かなし例へば昼に日を見ぬごとく」


     二月二十六日

伊良湖岬行:

「菜の花にうづもれ妻は立ちゐたり冷たき風に髪騒がせて」


「春先の風は乱心あるらしも伊良湖岬(いらごみさき)に荒波飛沫(しぶ)く」


「とめどなく伊良湖岬を波おそひ丸く浮く日はしづかに赤し」


「夕づける空気は伊良湖ガ崎めぐり赤き太陽海原を打つ」


「照明に菜の花すごく艶(いろ)めけば妻さらに佳ししかと撮りたり」


「灯の当たるあたり菜の花白々(しらじら)し 果くらぐらと森に溶け入り」


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