「接骨院の電気治療は心地よくしばしまどろむ幸せ感じ」(つれづれ)
お世話になっている接骨院の電気治療は気持ちよくて、ついついその間眠ってしまいます。よろしくお願いします。
結句ですが、「至福の時間」とした方が 良いのでしょうか?
わたしは経験ありませんが、接骨院の電気治療はそんなに心地良いものですか。なお、「心地よく」という言葉が前にありますから、「幸せ感じ」も「至福の時間」も要らないでしょうね。
添削(口語新仮名):
「接骨院の電気治療は心地よくてついうとうととまどろんでしまう」(つれづれ)
口語短歌・口語新仮名遣いの最近のブログ記事
「会いたくてただ会いたくて切なくて今会いたくて瞼とじらん」(蓮)
会いたくてもなかなか会う事が叶わない人を思い、
目を閉じて面影を追うことで切なさを紛らわそうと…、そういう恋心を詠んで見ました。一箇所、意味はおかしくなるとは思いますが、
瞼にするか、瞳にするかで悩みました。御指導よろしくお願いいたします
これは創作なのでしょうが、かっての経験が裏にあるのでしょうね。「とじらん」が文法的に変ですね。それに、
これだけが文語というのはいかがでしょうね。
添削:
「会いたくてただ会いたくて切なくて今会いたくて目蓋を閉じる」(蓮)
秋色をほのかにふくみやわらかく
老犬の寝息
木犀のかほり(fumikoblueさん2002年11月6日)
まず、少なくともここでは、短歌は間を開けずに、ひと息で書くようにして下さい。それは、本来(原則として)短歌はひと息に詠む(かつ読む)ものだからです。ある種の効果を狙って、部分的に間を開けたりすることはありますが。
各句ごとに間を開けたり、3行書きをされるのは、例えばNHK歌壇や歌碑などの影響でしょうか。それらは、一行に収めると、文字が小さくなってよくない、という単純な理由からです。また、関連して、読み易さを考えてのことかもしれません。一方、啄木などは後年の口語的短歌で(仮名は旧仮名)、3行書きを積極的にやりましたがね。行を変えるごとに、その屈折点で何か思いを詰め込んだのかもしれません。読者にはなかなかそこまでは読み切れませんが。
さて、このお歌ですが。一首は口語新仮名遣いか文語旧仮名遣いに統一するのがいいです。(困ったことにNHK歌壇では平気でこれらまぜこぜの歌が披露されているようですが。せめてもの節度として、一方に統一してほしく思います。もっとも、これもあくまでも原則でして、とくに語感を良くしたり整えるために、文語短歌に新仮名遣いを入れたり、また逆をやることはあります。しかし、それは意図的にそうしているのであり、それなりの効果を得るのが目的です。単に野放図に両方まぜこぜをやることはまずいと思います。)ですから、まずこれから詠もうとする一首をどちらで詠むかを決めないといけませんね。(別の歌はまた別に考えるのです。作品全部をどちらかに統一するのではなくて。詠もうとする内容によっては、どちらかがいい、と大抵は判断できるものです。人により、トータルとして、文語短歌が多い、ないしほとんど、ということはあり得るし、また逆もあり得ますね。)この歌は文語仕立てですね。すると、「やはらかく」であり、「かをり」です。(このBBSではこれまで何度も書いたことですが、「かほり」はミス、「かをり」です。)
老犬の寝息に気をとめられた点は異色ですね。
添削:
「秋の色ほのか滲(にじ)める やはらかき老犬の寝息と木犀の香と」 (fumikoblue)
俵万智さんのサラダ記念日が大ヒットして口語短歌が大流行り。
ちょっとお洒落な感じの口語短歌に私も挑戦してみたいのですが
どんなことに注意すれば良いのかしら?
「かたときも携帯離さぬ若人に孤独の魅力を教えたくなり」(須美さん2001年7月12日)
「孤独の魅力」というのはちょっときついかな。「良さ」くらいでいいですね。教えたいという衝動は分かりますが、ヘタに口を出そうものなら、いらぬお節介、わたしの勝手でしょ、と反発されそうです。若人と言えど自分の領域にずかずかと入ってこられるのは大変嫌うものですから。
詠み方としては、あまり平坦にならないようにしたいですね。印象が薄くなりますから。そして、特に口語短歌の課題として、詩情と余韻をどう歌に乗せるか。みな悩むところですね。詠い込み習熟する以外ないでしょうね。
添削・改作(梧桐):
「若者はいつも携帯電話(ケイタイ)持ち歩く孤独の良さを拒否するように」 (須美)
これで短歌らしくなりました。歌材がよかったということでもあります。あとはそれをうまく短歌にまとめられるよう修練されることですね。まあ、慣れるということですが。
なお,上の改作では,携帯電話=けいたい、と読ませます。短歌ではよくやる、常用語のルビによる字余り回避です。つまり携帯電話という漢字のルビとして「けいたい」と付けるのです。これは携帯電話のことを「けいたい」と略して言う、いまどきの風潮を利用するものです。携帯と書いただけでは理解されるか不安ですからね。携帯ラジオ、携帯テレビ、携帯パソコンなどなど、馴染みのある携帯なになにという物はいくらでもありますから。
「ようやくに咲きし薔薇ひとつ切りくれし そのさりげなさひそかに嬉し」(あゆ子さん2001年8月7日)
初句「ようやくに咲きし」だから、自分の庭にようやく咲いたととれるし、
「切りくれし」は、切ってくれた、つまり何んらかの事情で自分では切れないのを、ある人(男性?)が切って呉れたととれてしまいます。ただ、後半で、好意が嬉しかったとあるから、やはりこれは初句からその人の庭に咲いたバラのことを言っていたのか、と思い至るという按配です。いずれにしても、幾様にも解釈できるということは、歌い方がまだまずいということですね。(歌によっては、幾様にもとれるように意識的に詠むこともあるでしょうが、ここは違う。)
この歌、背後に無言の言葉のやりとりがあるから、口語向きですね。また、「切る」よりも「剪る」です。はさみなどできるときはこちらが適切です。
添削・改作(梧桐):
「あの日君は「ようやく咲いた」と薔薇一輪さりげなく剪ってわたしに呉れた」 (あゆ子)
いい口語短歌ができました。決して俵万智風ではないです。「ひそかに嬉しい」と言わなくてもそれが伝わりますね。
万智ちゃん風にアレンジして
「一つだけやっと咲かせた赤い薔薇 切ってあたしにくれちゃうあなた」 (あゆ子)
面白い。これだと、相手も女性かな、と思ってしまうけれど。さらに万智風にしましょうか。
相手も女性として・・
「「一つだけやっと咲いたわ、赤い薔薇。あなたにあげる」って?まあ、嬉しいわ」 (あゆ子)
相手は男性として・・・
「「一花(いっか)だけやっと咲いたからあげましょう」無造作にくれるあなたが好きよ」 (あゆ子)
ははは、いくらでもバリエーション可能です。
「呼び捨てで名前を呼べないシャイな君いつまで<さん>でがんばるのかなぁ」(nanamiさん2002年7月6日)
こう来るなら・・・
添削:
「好きなのに・・わたしを呼び捨てできないの?いつまで<さん>でがんばるつもり?」 (nanami)
ははは、このほか色々とバリエーション可能ですね。なかなかピタリと決まらないのは口語短歌の宿命かも。
