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お客様の歌

「ものぐさ」を訪ねてくださったお客様の作品と
梧桐 学の提案または返歌を記録しました。
2001年7月N0.2

7月29日
あゆ子さん
高校野球
娘の学校は野球部創部10周年で、県大会はじめてのベスト8入りしました。近くの球場で観戦したときのようすです。

はじめての準準決勝に臨みおり太鼓の連打声援を受け

敵陣は余裕かラッパ高らかに応援団もカッポレ踊る

試合終えエール交換流れたり来夏君らに追い風よ吹け


お言葉に甘えて連作にしました。どうかよろしくお願いします。



7月31日
あおぎり
今日は高校野球の3連作ですね。最後の歌で惜しくも敗退と知れますが、とにかく健闘でしたね。

「はじめての準準決勝に臨みおり太鼓の連打声援を受け」(あゆ子)

添削・改作(梧桐):
「創部10年初の準々決勝だ 太鼓の連打と大声援あびて」

「敵陣は余裕かラッパ高らかに応援団もカッポレ踊る」(あゆ子)

これはいいですね。面白い。このままでいいでしょう。

「試合終えエール交換流れたり来夏君らに追い風よ吹け」(あゆ子)

添削・改作(梧桐):
「試合後のエール交換スタンドに流れたり来夏は君らのものさ」

全体に野球の試合自体より、応援風景が主体で詠まれている点も面白いですね。あゆ子さん(ご一家)にとって「応援」という協同作業がよほど強く印象に残ったのでしょう。そう、来夏こそきっとさらなる健闘をして呉れますよ。


7月28日
桐子さん
形見の花ばな

小花なれど季節を追うて咲く花は武骨な父の遺せし命

あおぎり
この花の名前が知りたいですね。歌に詠み込むのです。返事待ちます。
添削はそのあとで。



7月29日
桐子さん
大袈裟な花ではありませんが今の時季は百日草、キバナコスモス、マリーゴールド、千日ボウズ? が咲いています。特に手を懸けるというわけではないのに毎年花を咲かせます。
実は私も花の名前を入れたほうが良いのか迷いましたが・・・。

詠みなおします。

百日草父の遺せし花ならば夏毎咲くをいとおしみつつ


7月30日
あおぎり
前より分かり易く良くなりましたね。ただ、「遺せし」は「遺しし」が正しいですね(連用形)。また、「花ならば」は「なり」の未然形「なら」に「ば」がついているので仮定なのです。「(もし)花だったなら」という意味です。ここはそうではなく、「花なので」「花であるので」と言いたいわけですから、已然形にして、「花なれば」としなければなりません。こういう文法のことはおいおい慣れればいいわけですが。

添削(梧桐):
「百日草--亡父の育てし花なれば今夏もさはに咲きていとしも」
                 (さはに=たくさん)



7月28日
nanamiさん
名曲

いつまでも忘られぬ音のあるなり 別れし人に心なしとも

別れた人には未練はないけど、一緒に聞いた音楽は心に残っているって 感じを歌いたいのです。それは強がりだったり、音楽というものの普遍性だったりします。文法を気にすると何となくリズムが悪くなって。


あおぎりさん
ははは。確かにちょっと言葉の流れがぎこちないですね。文法のことは作歌に慣れてから、おいおい覚えればいいですよ。それまではこちらで修正しますから。最初から修正されることを恥ずかしいとか思う必要は全くありません。当然のことですからね。

添削・改作(梧桐):
「別れたる人に未練無しただ共に聴きし音楽沁みて残るも」

いい歌になりました。



7月27日
酔狂さん

八月のトーチカ跡に敬礼す兵士の銃はただ静かなり


7月28日
あおぎり
何に向かって敬礼したのかはっきりさせましょう。

添削(梧桐):
「トーチカ跡 銃もち沈黙する兵士に謹んで深き八月の礼」

いい歌になりました。



酔狂さん
これは粋狂の失敗でした、歌意が変移してしまいました。それなのに、添削のおかげでいい歌になりました
なんだか不思議です。
原歌では、作者(粋狂)がトーチカ跡に敬礼し、かつその前にいる(あるいは整列する)衛兵に感謝の念を
感じている、となります。トーチカ跡に敬礼す、で一旦切れているのです。つまりは、あおぎり殿の解釈のとうりです。ところが、粋狂の歌にしたかったのは トーチカ跡に敬礼している兵士の列にたいし 数十年前の戦争を鑑みるとき素直に死者の霊を悼むことのできずに沈黙するしかできない思いを歌にしたかったものです。近日中に書き直してみます。



あおぎり
あは。そういうことでしたか。しかし、上の添削歌も結構いい歌ですよ。
では、真意を生かして・・・

改作(梧桐):
「トーチカに銃もち礼なす兵士らの霊に黙せり 戦争は闇」
   (礼なす=ゐやなす)(黙せり=もだせり)



7月28日
あゆ子さん
すずめばち4

草陰に 落ちし蜂の巣 いとあわれ 小さき部屋には だんご虫のいて

すずめばちシリーズとりあえず終わります。


あおぎり
これが一連の雀蜂の歌の最後とか。そうか、雀蜂の巣発見からその末路までの経過を短歌に詠んだのですね。なるほど。こういうのを連作といいます。連作の時は相互に関連しますから、一投稿一首にこだわることなく、一度に複数の歌を寄せて頂いた方が、直す方もやり易いと思います。次は何の連作かな。

添削(梧桐):
「そのセルにだんご虫ゐて草陰に落ちし蜂の巣あはれを誘ふ」
  (セル=蜂の巣の小室)


7月27日
かすみさん
尼寺

  
 涼やかに語る尼僧の影ゆれて み堂に漏れ来る光 幾すじ

あおぎり
またまたいい視点ですね。これは前後を逆にした方がいいでしょう。

添削(梧桐):
「光・風 み堂に差しきて涼やかに語る尼僧の影ゆれにけり」

7月28日
かすみさん
風を入れることで影の揺れが理解され、前後を入れかえることで尼の影が絞られてきました。
尼の影と、光の射し具合の二つを主張したのが無理でした。

7月27日
あゆ子さん
あげはちょう 3

「刺されたら すぐ泣くくせに」 君言いつつ アースジェットで はち追い払う


あおぎり
事態をもう少し分かり易くしましょう。

添削(梧桐):
「「刺されたらすぐ泣くくせに、かわいそう?」君殺虫剤を蜂に噴射す」

7月28日
あゆこさん
うーん。すごい。確かに夫はそのような顔をしていました。


7月26日
涼風 芙香さん
夏の日に・・・

暁に 舞う風の涼まといつつ 
          
        緑の庭を ひとり眺める 


*夏の朝は空気が冷たくて好きです。夜が明けたばかりの頃、外に出て散歩をするのは清々しくて気持ちいいので好きです。夏は緑も深くなって爽やかさが増してとてもいい感じです。そんな情景を短歌にしてみました。

年齢:21 性別:F 職業:学生



あおぎり
年齢:21 性別:F 職業:学生 とあるから、女子大生さんだー。このように短歌人口が拡がってゆくことは嬉しい限りです。
添え書きを参考にしながら、またこうした情景はありきたりになりがちですから、それに注意して、改作してみます。

改作(梧桐):
「夏夜明丘から風が吹きかよひ庭の緑も深く呼吸す」

きっとあなたも深呼吸したことでしょう。



7月26日
あゆ子さん
すずめばち 2
窓越しに見る蜂の動きをうまく表現できませんでしたが、直していただき子育て中で奮闘している様子がよくわかりました。ありがとうごさいました。

悲しげに さまよいつ翔ぶ すずめばち 家族も家も 取り壊されて


あおぎり
雀蜂。近づくと何か怖そうです。たしかこれの集団襲撃で死んだ人も居る筈。
しかし、こちらが何も仕掛けなければどうということもないですね。

添削・改作(梧桐):
「人間に巣を壊されてすずめばち家族離散し悲しげに翔ぶ」 

7月25日
nanamiさん
文語で作ってみました
文語の短歌も勉強したくて作ってみました。
文法の間違いなども教えていただければ嬉しいです。

君抱ける山百合愛でるふりすれどくちづけしたくは喉の白き nanami


あおぎり
文語に挑戦ですね。感心感心。
「くちづけしたくは」、「喉の白き」が意味不分明です。

添削・改作(梧桐):
「君いだく山百合愛しと近付くにキスほしくなり唇うるむ」
      (「愛しと」=かなしと)


7月25日
あゆ子さん
すずめばち 1
すずめばちの巣を軒下に発見。 
                    
 
すずめばち 動き激しく羽音する 巣にまたがりて 餌運びいる


あおぎり
「巣にまたがりて」がちょっと意味不分明ですね。
 
添削(梧桐):
「雀蜂音もはげしく羽根を打ち巣を覆ふがに餌を運ぶ をかし」


7月24日
栗太郎さん 
表現の難しさをしる
歌の難しさを知らされました、表現の仕方で良くもなり悪くにもなのですね「池の面・・・」を添削して頂き良く判りました、悪い素顔でも少し化粧すれば先生に改作して頂いた様なきれいな歌になるのですね、まだまだ道程りは遠いです頑張りますご指導を願います

  <この國を食い物する獣のに本気に吠えるライオンがいる>

構造改革を本気で訴える小泉総理のライヲン髪を振り乱し演説される姿たわ、雄雄しく少しの痛みをしても政官癒着の無い税金を食い物する連中が
無くなれば・・・期待が出来る様なきになります

7月28日
あおぎり
これは政治信条の問題も絡むので添削するべきか迷いますね。
「食い物する」は「食い物にする」ですね。「獣のに」は「獣に」として漢字部分に「けだもの」とルビを振るのがいいです。「本気に」は「本気で」でしょう。また、最初の「國」は「国」でいいですね。するとこうなる。

「この国を食い物にする獣(けだもの)に本気で吠えるライオンがいる」(栗太郎)

もう少し歌らしく、また具体化してみましょう。口語です。

改作(梧桐):
「ライオンのたてがみよろしく小泉さん公金を喰う輩(やから)に吼える」

公金とすれば、国だけではなく、地方も含むので。


7月24日
かすみさん
金魚
大衆に溶け込めず孤独感を持て余して詠みました。


   ざわめきし宴を後に疎外感もちて夜店に金魚購う
       (ウタゲ)

あおぎり
易々と大衆に交われない性格のために,宴会などでは疎外感を持ち,逃れ出ては孤独感を味わう,ということですか.金魚を買っても十分に癒されることはないのでしょうね.

添削・改作(梧桐):
「喧騒の酒宴よりのがれ夜の路地に金魚を買へば少し満たさる」

7月24日
あゆ子さん  
あげはちょう

夏になると小さなクチナシの木は丸坊主になります。見れば揚羽の幼虫が元気よく葉っぱを食べています。あげはちょうをみると心が和みます。

ひらひらと クチナシの木に 舞うあげは ふるさとの香を 探しあてしか


あおぎり
ひらひらと舞う,というのはいかにもその通りですが,あまりにも言い慣れた言葉ですね.もう少し工夫がほしいところです.

添削・改作(梧桐):
「揚羽蝶くちなしの木に纏はりて自在に舞ふは汝が故郷ゆゑ」

7月23日
nanamiさん  
沙羅樹のうたありがとうございます。文語も勉強しようと思って受験用参考書を買いました。もうすぐデビューです。
わたくし、中学で英語を教えているのです。
英語はリズムがいいので歌にのるなぁって前から思っていました。
語数はカタカナになおしたときですか。それともシラブル数ですか。

たとえば、テキーラサンライズというカクテルを詠んだ歌ですが

熱い息砂漠の風をテキーラにとかして冷えたバーで飲むsunrise (nanami)

という歌の場合、sunriseは英語では2シラブル(音)なんですけど、
2語とカウントしていいのかなぁって。

 

あおぎり
短歌は31字と言いますが、これは正確ではなく、5−7−5−7−7はあくまでも音(おん)の数です。31シラブル(音-おん)と言います。
すると、あなたのシラブルの数え方と違う。あなたのはむしろ音節ですね。sunriseは、発音すると「サンライズ」で、「サン」は縮めて発音して、1音と耳で聞くことができても(普通は2音)、「ライズ」は3音になる。2音分の字余りとなり、短歌としてはしっくり来ません。
 短歌に英語を入れるときは、音(おん;シラブル)で定型を守りたいですね。これは日本語の韻律ですから、その良さを守りたいということです。

添削・改作(梧桐):
「テキーラに砂漠の風を溶かし込み涼しいバーで飲むsunrise」

これなら短歌固有の定型に嵌っていますね。(ここではsunriseは5音になっています。)


7月24日
nanamiさん
すみません。短歌例と質問の仕方の両方が悪かったようです。
私の言うシラブルは English Syllable のことで、子音はかぞえません。
日本語のシラブルは、モーラ(拍:Japanese Mora)の事だと思っていました。

だからカタカナになる単語は日本語風に母音をにつけて「サンライズ」で5音がすっきりしますが、

happen to talk to 他の誰でもないあなたその時でさえ選んでしまった

英文部分は「たまたま話しかける」で[ハ プn トゥ トーk トゥ]
と5 Syllablesとカウントできるのかどうかお尋ねしたかったのです。
これを日本語風に発音すると「は っ ぷ ん とぅ う と お く とぅ う」
と11音になり、言語の持つリズムもなくなるような気がします。

だから日本語として発音できない句や節、文は短歌になれないかをお聞きしたかったのです。
ややこしくて申し訳ありません。
外国人に短歌の話をすると必ず問題になってくることで、前から聞きたかったのです。



あおぎり
なるほど。英語発音に慣れた者なら、言われるように English Syllableでいけそうですね。確かにこれを日本語式に発音しては、英語のリズムが崩れてしまう。
つまり、英語流発音をそのまま短歌に持ち込んでいいかどうか、ということですね。
日本語の短歌の律調と英語流リズムを違和感なく融合させようという、意欲的な試みはあっていいですね。(短歌センスでの字余りは許すとして。)

上ですでに答えていますが、また前にも言いましたが、現代短歌には基本的に何の約束事もありません。色々な試みはあっていいし、むしろ新しい短歌の誕生が待たれている面もあります。「日本語として発音できない句や節、文は短歌に使えないか」どうかではなく、試みにやってみて、それでうまくゆけば新しいタイプの短歌への道が開けるし、要は試みが新鮮さを含み、それが万人に受け入れられるかどうかです。俵万智短歌がいい例です。これは初めから大衆受けを狙ったもので、直ぐに浸透しましたね。
英語が入るとなると、そのあたりにネックがありそうです。短歌と英語の折衷ではなく、英詩として徹底すれば賛同者も現れるとは思います。
勿論、慣れの問題でもあり、新しいリズムがやがて万人の心を打つということは十分あり得ます
。頑張って、新しい短詩の世界を切り拓いてください。意欲的な姿勢がいいですよ。

添削(梧桐):
「その時さえ他の誰よりも選んだの、あなた、あなたよ! happen to talk to」

これなら、どうにかリズムがありますね。この happen to talk to は英語流発音してもらわないとだめです。

nanamiさんのハイカラ・センス、いいですねぇ。若々しく瑞々しい。


7月23日
あゆ子さん  
雨上がり

 雨上がり しずかなる朝 迎えおり 花つゆ含み 葉はみどり濃く

空梅雨で心配していたときで、恵みの雨になりました。


あおぎり
これでもいいですが、添え書きのように空梅雨で恵みの雨だということを入れたいところです。そうすると後半が一段と生きてくるので。

添削・改作(梧桐):
「空梅雨を嘆くに慈雨がしばし降り花の朝露もろ葉のみどり」

(もろ葉=諸葉;いろいろな樹木の葉)


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7月22日
粋狂さん

切れ切れの時を紡ぎて何処かの夜汽車の胎に我が不眠あり

あおぎり
初句、工夫のわりに生きていません。また、「胎」も工夫されたのでしょうが、却って印象があいまいになりましたね。こういうときは、むしろ場所をはっきり言った方がいいです。結句もあいまい、これもはっきり言ったほうが印象に残るでしょう。言い切るかぼかすかは状況次第、歌材次第です。

改作(梧桐):
「朦朧と時流れつつ何処への夜汽車の上か眠られずをり」

またまた、いい歌ができました。


7月23日
粋狂さん
技巧に凝りすぎました
ただ、「切れ々の・・・・」は
自分では気に入っています
いずれ、これを生かせるよう再挑戦します
「何処かの夜汽車」と「何処への夜汽車の上か」の違いは
粋狂が思う以上の違いがありそうです。考えてみます


あおぎり
「切れ切れ」を活かしたい、ですか。それでは、

改作-2(梧桐):
「切れ切れに時流れつつ何処への夜汽車の上か眠られずをり」

これでも十分いい歌ですね。たしかに、初句「切れ切れに」で半睡状態がよく出ています。夢うつつの朦朧とした状態ですね。「うつつ」に還るたびに少しづつ時間が過ぎている・・・



7月22日
粋狂さん

酒肴には龍の丸焼き鳳凰のモツ友相対す仙酒は尽きず

龍とか鳳凰とか架空の事物は短歌には不似合いでしょうか


あおぎり
”龍とか鳳凰とか架空の事物は短歌には不似合いでしょうか”・・とんでもありません。歌材に制限はありません。言うまでもなく、我々が知覚し、また脳裏に去来するすべての事象が歌材となり得ます。
この歌、酒好きの酔狂さんの面目躍如たる作品ですね。こんな肴があって、さらに語り明かす良き友があれば、言うことはない道理です。「呑む」ということの本質を極めた者にしか出来ない歌ですね。うあははははは、という酔狂さんの哄笑が聞こえてきそうです。
添削では、語の運びをもう少し滑らかにしてみます。

添削(梧桐):
「鳳凰のモツと龍の丸焼きの酒肴に友あり仙酒は尽きず」

粋狂さん
大袈裟な、オーバーな表現を試してみたのですが
それはまぁ。成功したとしても、「仙酒」が弱いような・・・・
龍頭蛇尾とはこういうことかなぁ(^^;)



あおぎり
ならば・・・
改作(梧桐):
「鳳凰のモツ鍋、龍の丸焼きを肴となせば雷電の酒」

7月23日
粋狂さん
これはまことに痛快です
オーバーな表現を試すといいながら
拙の歌はまだ、友との歓談という事実に癒着していました
自然や人情の機微などとは無縁の歌ですが、こんな歌が好きです


7月21日
栗太郎さん  
池の面

< 池の面に淡きピンクの蓮の花ポンと音たて開く花びら >

毎日30度を遥かに超える猛暑が続いています、半ズボンとランニングシャツで頑張つています、こんなとき私の近くに蓮池が有りそこで蓮の花のポンと音立てて花の開くのを木陰から時たま渡つて来る風に涼しさを求めながら、その瞬間を見るのも又た一風の味があります。 「の」が重なり過ぎですか風景詠は難しいです、まだまだ私にわ無理の様です、お教えください 

あおぎり
蓮がポンと音をたてて花ひらくことに感動されていますね。それなら淡いピンクだと分かっている花が開く、とするより、開いてから「淡いピンク」だと知る、というように語順を変えるのが、より感動的でいいですね。

添削・改作(梧桐):
「時おきてポンと音たて淡紅のおほ華ひらく蓮に癒やさる」
             (おほ華=おほばな;大きい花)


7月21日
あゆ子さん  
  
痴呆病む 義父のまなざし やわらぎぬ 遠き娘の 見舞いを受けて

 老人病院に入院している義父を遠くにいる長女が見舞ってくれた時の様子をよみました。 
          

あおぎり
長女さんにとっての義父さんではなく,あゆ子さんから見た義父さんですね.つまり,長女さんからは父方のおじいさんということですね.この歌、痴呆を病んでいながら、孫娘の見舞いに喜びの反応を示された、というところを詠いたいですね。また、義父さんを中心にしたいので、「娘」ではなく、「孫娘」としましょう。

添削(梧桐):
「痴呆症の老義父なれど孫娘見舞ひし折はまなこ細めて」      
                                
7月19日
粋狂さん

諍いを正なく義もなく避て生く弱きゆえ弱さ隠さんがため

7月20日
あおぎり
「・・正なく義もなく避て生く弱きゆえ弱さ・・」これは語の重複ですね。

添削・改作(口語短歌として)(梧桐):
「諍いを避けてきたけど諍いを厭うというよりただ弱いから」

(文語短歌として):
「諍ひを避けて生き来ぬ正義なくただ弱きゆゑそを隠すため

7月18日
桐子さん
時空をこえて
30メートルはあったでしょうか「生きている化石」といわれるメタセコイアの樹が夏空に向かって真っすぐそびえるように立っている様を詠んでみました。

太古より時空のながれを悠然とメタセコイアはなおも雄々しく
           
           (時空=とき)


7月20日
あおぎり
メタセコイアは、我が職場にも列なして立っています。樹齢20年そこそこの若樹ですが・・。この歌、抑揚が乏しく印象が薄いのが残念ですね。北米あたりでの嘱目でしょうか。また、時空を「とき」と読ませるのはちょっと無理のようです。「時」と「空間」は別ものですからね。「じくう」の読みでいいのでは?

添削・改作(梧桐):
「聳え立つメタセコイアの森に満つ幾千年の時間の流れ」

これでいい歌になりました。


7月18日
かすみさん
花氷
氷柱に命を閉じ込められた花を見て切なさを覚えました。


   
閉ざされて紅艶やかに花氷カフェテラスの卓に滴る

7月20日
あおぎり
視点はさすが、ですね。添え書きを生かしましょう。

添削・改作(梧桐):
「氷柱に命閉ぢ込めらるる花あはれ真紅の滴をたらす」

これなら、いい歌ですね。


7月17日
粋狂さん

今日もまたこの一日を掬い取る言葉なきまま眠りに落ちる

7月20日
あおぎり
作歌する者が時として味わう悩みを味わっておられて、よく理解できます。
最後を言いきるかどうかは、内容次第ですね。言いきって十分余韻が残る作品も勿論多々あります。余韻は印象に通じ、読者の心にいかに残るか、です。
この作品、第一、ニ句が重複語で残念です。また、この歌の芯ともいうべき「言葉なきまま」に、懸命にさがしても見つからないというニュアンスがないのが惜しいです。最後の「落ちる」は意味としては過去、つまり落ちたということでしょうが、そうすると、初句の「今日も・・」と合いませんね。昨日もならいいけれども。(勿論、昨日では新鮮さがなくなってしまう。)第三句「掬い取る」はこの場面にピタリの語ですね。 
こうしたことを考えに入れながら改作してみましょう。

添削・改作(梧桐):
「今日といふひと日の生を掬ひ取る言葉得ぬまま眠りに落ちむ」

7月17日
栗太郎さん  

 <雲一つ瞬く間なれど夏の陽を遮り呉れる息つぎりけり>

7月20日
あおぎり
いい瞬間を捉えられました。第二句「瞬く間なれど」、特に結句「息つぎりけり」が文法的にもおかしくて良くないですね。第二句の方は「雲がまたたく間・・」ととられてしまうし、結句は意味不分明です。

添削・改作(梧桐):
「流れつつ雲ひとひらが夏の陽をさへぎり呉れて息つぎにけり」

7月17日
あゆ子さん  
短歌らしきものをつくりはじめて2ヶ月になります。全くの初心者で何も分かりません。添削を希望いたします。どうぞよろしくお願い致します。

学童帽 三三五五と 帰り来る 遠い昔の 吾子らを重ねむ。

父母を見舞う道すがら見かけた子供たち。ランドセルをカタコトいわせおしやべりや歌を歌っていました。その様子がとても可愛くて詠んでみました。
50歳代女性です。


7月20日
あおぎり
学童らの元気で賑やかなさまが第二句に出ています。
全体の言葉の流れをよくし、意味のつながりを改善してみましょう。

添削・改作(梧桐):
「遠き日の吾子らのごとし 学童らランドセル鳴らし騒ぎつつ行く」

7月15日
nanamiさん  
to make tanka makes me comfortable
先週沙羅樹(夏椿)の花を見に生きました。釈迦の最期をみとったとされる1日しか咲かない落下花です。桜以外は「〜の花」をつけなくてはならないと聞いたのですがどうなんでしょう。

  沙羅双樹白い花びら震わせてその日限りの命さしだす

申し遅れました。わたくし、30代の女性で中学で英語を教えています。
英語だけ、または英語混じりの短歌にも興味があるのですが、そんなのもありでしょうか。



7月20日
あおぎり
沙羅双樹はおっしゃる通りお釈迦様の最期を思わせます。「平家物語」の巻頭にも出てきて、その短命が「盛者必衰の理(コトワリ)」の象徴に使われていることは余りにも有名ですね。
「花」を付けるかどうかは、詠み方次第です。「和歌」の時代はそうした約束事もあったでしょうが、「短歌」の現代、「花」と付けることでその印象が一層引き立つのならそうするわけです。字数の制約も考えねばなりませんね。現代短歌には、約束事は何もないと考えていいです。短詩であるという基本と、5−7−5−7−7という定型としての韻律を活かして、自分が得た感動をいかに詠うか、いかに読者に伝えるか、だけだと言ってもいいでしょう。だから、誰でも気軽に自由に作歌できる次第にて。英語混じりもまた結構ですね。(ははははは。俳句は「HAIKU」と、短歌は「TANKA」と綴り、英訳されてもいるし、英語で作られてもいる。短歌の場合、5−7−5−7−7にこだわるわけにはゆかず、それに似せた短英詩ですが。短歌の中に英語を入れるときはこの韻律を守ることが前提になります。)挑戦してみて下さい。

この歌は、沙羅双樹の花は勿論、この美しい名前に感動している趣ですね。それならば、そのように詠みたいところ。動機からはもっと深みも添えられそうです。

改作(梧桐):
「沙羅双樹のま白き花が日に震へ釈迦涅槃図を吾は思ひゐき」

いい歌ができました。


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