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お客様の歌

「ものぐさ」を訪ねてくださったお客様の作品と
梧桐 学の提案または返歌を記録しました。
2001年5月
5月31日
大野富子さん   

まろまろと葉陰にひそむ青梅の酸もつ香り空より通う


6月1日
あおぎりさん

いい歌ですね。特に、「ひそむ」「空より通う」がいいです。ただ、初句が惜しい。「丸々と」をもじったのですかね。「まろまろと」という形容は苦心されたのでしょうが。ただ、りんごくらいの大きさに思えてしまうのです。(造語をしたり使うこと自体は別に悪くないですが。)また、「酸もつ香り」は酸っぱい香りのことですね。「さんもつ」と読むのかな。この句にも一工夫がほしいところ。新仮名遣いでやってみましょう。

添削:
「見上げれば葉陰にひそむたくさんの青梅の香が空より通う」


5月31日
YUMAさん   

ざわめきに 立ちすくむ自分 ふと見つめ
地球が上から 落ちてくる


百貨店で買い物をしていた時の事。ざわめきが一瞬途切れてまるで自分の上から地球が落ちてくるような錯覚を覚えました。それは、まるで自分ひとりが宇宙に放り出されたような感じでした。根底にあったのは、ありとあらゆるざわめきの中で、自分はそこに介在せず、たった一人自分の世界に閉じこもっていたからだと思います。そんな歌です。


6月1日
あおぎりさん

あははは。ゆまさん、久しぶりですね。結句は2字足りない。詠みたい気分がまだ整理されていない。折角、添え書きでそれをやっているんですがね。しかし、いい情景なり歌材を詠もうとしていますね。なんとか活かしたい。添え書きを参考にしながら。

改作(梧桐):
「群集のざわめき一瞬しんとなり自分だけすとんと宇宙の穴へ」



5月29日
中北政巳さん  

五月の夜抱いてあげるとつくりばなペットボトルと古びた時計

娼婦との一夜です。

6月1日
あおぎりさん
添え書きに、娼婦、とある。これは今の世の中では死語では?それとも隠れキリシタンならぬ、隠れ何とか、ですかね。この歌、一見、加藤治郎風ですね。色々雑多な物があるという、その雰囲気を詠みたいのかな。物どうしには何も関係ないように思える。しかも、どれもどうでもいいような物ばかり。そのあたりの趣旨がちょっと分かり難いですね。あおぎりに全く経験がない情景だから、添削もうまくゆくかどうか・・・ともかく、雰囲気的に文語体は合わないから、口語でやってみましょう。

添削:
「造花差すペットボトルと古時計が似合う娼婦を抱いてしまった」


5月28日
かすみさん

五月の風

 独りで歩いて来た道を振り返ると、横道にそれたり後退したりと
 単調な道でなかったが、爽やかな風を受けて今日は孤独と自由の
 間に揺れています。

   迷走の履歴抱えて孤にゆれる岸に五月の風吹きぬけて

5月31日
あおぎりさん

なかなかの出来ですね。ただ、初、2句「迷走の履歴抱えて・・・」は表現が直截に過ぎるわりに、抽象的ですね。より具体性を持たせた方が読者に訴えるところ大きいでしょう。

添削、詠み直し(梧桐):
「七十年迷走のはてに得し自由か五月の風は孤愁をはこぶ」  


5月22日
寅男さん  
しつこくて申し訳有りません。これで最後にします。

彼女のことは、思い出として、いつまでも大切にとっておこうと思います。
 
 白髪の齢が来ても心には笑みを浮かべる黒髪の君

あおぎりさん
「白髪の齢が来ても心には笑みを浮かべる黒髪の君」(寅男)

白髪ですか。少なくとも壮年にはなられていますね。一方の女性は黒髪が美しい若い美人?う〜ん。そのご心境、分かるような分からないような・・・。この歌、「心には」まではご当人のことで、一旦ここで切れるのですね。あとは追想の女性。そのあたりがちょっと分かり難いですね。改作してみましょう。

改作例:
「ほほゑみと黒髪匂ふ君去りて白髪の身の心を乱す」(梧桐)

5月23日
あおぎりさん
裕子さんから,寅男さんは,自分が白髪になってもこの女性は若々しく美しいまま心に残っているだろうと言いたかったのでは?との解釈を述べました.あおおぎりもそうかなとは思ったけれど,上の解釈を採ったわけです.が,裕子さんのような解釈でも改作例を示しておけば,真実がどちらでも,寅男さんの意に沿うことが出来るわけですね.(読者の解釈が一定しないのは,詠み方にまずい点があるからですね.)

改作例-2:
「黒髪の君の微笑はいつまでも心を占めん 白髪の後も」(梧桐)



もうひとつ、5月の連休中に群馬県の赤城山の黒檜山(標高1800m位で、6月頃ツツジが見頃)に登ったときに作ってみたのですが。
 
 春立てど黒檜の峰の山ツツジ里は咲けども芽もふくらまず

 この日曜から突然お邪魔してすいませんでした。また、添削等御指導いただきありがとうございました。歌を作るのも、評を聞くのも初めてでしたが、どうも私は落ち着きがない性格なようで、歌にも性格が表れるのだなあと思いました。
 そろそろ、女のことは忘れて仕事に邁進しなくてはなりませんね。大変お世話になりました。

あおぎりさん
言葉遣いに飛躍がありますね。ツツジが里では咲いているが、山の嶺ではまだ芽さえ膨らんでいない、と。こう詠いたいのですね。この歌からは、直ぐにはそのように受け取れないのです。改作が必要です。(初句に「春立つ」とあるから、里で咲いているのはツツジではなく桜かな?ツツジが咲くのはもっと後ですからね。ツツジが咲く頃を春立つとは言わないから。しかし、ここではツツジと解して改作します。)

「麓にはツツジ咲けれど黒檜山嶺のツツジは芽を固く閉づ」(梧桐)



5月20日
寅男さん  

同僚の女性の転勤に関連して、他にも詠んでみました。

陽を浴びて川辺に映える菜の花の見飽きはしない窓越しの君
−川沿いの公園の菜の花が、川からの光の反射を受け、まぶしくきれいでしたので彼女に重ねてみました。

5月21日
あおぎりさん

よほど印象深い女性だったようですね.
まあまあの出来ですね。ただ、結句の「窓越しの君」が現時点の存在と理解されてしまいます。その前に「見飽きはしない」という句があるので、どうしてもそうなる。これは追憶の、つまり幻の筈。やはり状況を盛り込み過ぎ。ポイントだけでいいのです。あなたにとって、眩し過ぎる女性でしたか。
改作例:
「窓越しに見し君憶へば川からの乱反射光をあびる菜の花」(梧桐)

花が咲き君の門出と別れては我に残れり葉桜を見る

−異動希望が叶った彼女との離別と桜が散ってしまった寂しさを併せてみました


いろいろな思いと状況を詰め込もうとして、わかりにくくなり、律調も滑らかではない歌になっていますね。

改作例:
「君去りし窓辺に立てる桜はや散り果ててのちのみどり葉さびし」(梧桐)


庭に咲くほのかな紅の石楠花に君を重ねる五月の心

−白にやや赤みがかった石楠花に彼女を重ねました。

石楠花のような美人でしたか。あまりによい情景に出会って、ちょっと標語的になってしまいましたね。「重ねる」がいかにも散文的でありきたり。結句も付け足し的で活きていない。

改作例:
「石楠花は白にほのかな紅させり さながら去りし女のほほゑみ」(梧桐)
         (紅=べに)      (女=ひと)




5月20日
寅男さん  
転勤
職場の女性が転勤で居なくなることと、春の山霞の風景が、晴れ上がって消えてしまう空しさを併せて作ってみたのですが。

 
春霞たなびく山に君が消え陽が昇りせば何残りせむ

あおぎりさん

「・・・昇りせば何残りせむ」は理解し難い旧かな遣いですね。もっと分かり易く改作してみましょう。

改作例:
君去りし跡の空虚よ--春霞朝日にふつっと消ゆるにも似て



5月15日
YUMAさん  
URL :http://www.geocities.co.jp/MusicStar-Vocal/5061/

基本的に短い歌しか書かないです.

☆遠く 空気 蒼ク つらつらと 動かぬ指を ほどいた 恋人(ヌクモリ)

意味不明ですが、こういう歌を単発で書く事がある程度です。
お粗末で申し訳ありません。
でも、こんなわけわからない歌がどのように添削されるのか
少し楽しみな気もします。 


5月15日
あおぎりさん

悲しいことが近い過去にあったのかしらん。恋人の最期の感触が掌に指に残っている、という風情ですね。やるせない想い出がこもっているような。二十歳の女子大生のユマさん。その心理を読みとるのは至難ですがね。自分から「意味不明」と言われるから。だったら、こんな気持ちを詩にしたかったとか、添え書きして貰えるとね、添削が真意から外れなくていいのでは?とにかく、口語(+現代仮名遣い)で、詩らしくしてみましょうか。(前衛詩でも、日本語の体は成しているものですよ。)

「遠い雲 固く握る指をそっとほどいて消え去ったひとのぬくもりの 雲」

これは口語自由律短歌。何度も読んでいると不思議に味が出てくるのがこの種の短歌です。口語自由律短歌は、現在一部で行われています。なかなか成功しないですがね。次は定型歌。

「寒空に浮く切なくもあたたかい君のさいごの掌のような雲」

(掌=て)





5月8日
かすみさん

初夏の午後、花びらを幾重にも重ねた紅バラが円形のまま
ポトリと茎を離れて落ちました。思わず息を呑みました。

   卓に落つ真紅のつぼみ薔薇一つ首夏の真昼に音もなく果つ

5月8
あおぎりさん

もう一息ですね。「思わず息を呑みました」と言われる、肝心のその感動が伝わらないのが残念です。言葉の運びもちょっとぎこちない・・・。

改作例: 
 「卓上に置く一輪の紅薔薇が不意に落つ首夏の光をまとひ」

美しくも緊迫した情景ですね。





5月5日
渡辺利幸さん 



すみれ咲き ララバイ聞こえる 散歩道 子の泣き声を 照らす夕焼け

春の夕方のほのぼのとした風景を考えながら表現しました。子守
唄をララバイと言い替えています。

あおぎりさん
確かに、春の夕方のほのぼのとした風景が浮かびますね。ララバイも「子守唄」というよりハイカラに聞こえます。ただ、全体的に調子が軽く、また良過ぎて、印象が薄くなっています。出てくる題材も色々過ぎて焦点が定まらず、それも全体の印象を薄める原因になっていますね。短歌は字数制限が厳しいわけですから、詠みたい感動が何か、を整理され、それに焦点を当てた詠み方をされるといいでしょう。宿題としましょう。


春重ね かわらぬ母と 同い年 年月行くも なお懐かしき

数年前に逝った母、四季が巡り巡って春がきた。今年は母と同い
年、あらためて懐かしさを覚える。

この歌から数年前にご母堂が逝かれたということを直ちに読み取るのは困難です。その前に、「数年前に逝った母、四季が巡り巡ってまた春がきた。今年は母と同い年」とありますが、これでは勘定が合いません。お母さんが数才のときあなたを産んだこととなるから。”母は春に死んだ。年々四季が巡り巡ってまた春がきた。今年は遥か以前に亡くなった母と同い年、あらためて懐かしさを覚える。”これなら、分りますね。

改作例:
「母逝きし春は巡りて享年に我至りたり 殊に偲ばる」

5月6日
あおぎりさん

「母逝きし春は巡りて享年に我至りたり 殊に偲ばる」--(あ)

これを口語歌にするとどうなるか、見てみましょう。

「母死んで春幾巡か享年に自分が成ってことに思われる」

とでもなりますかね。確かに、一応言いたいことは盛り込めたけれど、発想が文語的ですからね、そのままでは口語には向かない。散文的となり、ここまで無理して、どうして5-7-5-7-7という定型にこだわるのか、と思ってしまいまう。詩情も消えてしまっていますね。次はどうか。

「お母さん、また春がきた僕ももう母さんが死んだ年になったよ」

こうすれば口語短歌と言えますね。口語(話し言葉)で発想しているし、ちゃんと定型を守っていますね。こうした工夫が要るわけです。

歌格とかその品格にこだわらず、感動を伝える、という短歌本来の目的・使命だけを前面に出せば、口語短歌の可能性はあるわけです。

あなたの作品に対して、ちょっと厳しい批評をしたかもしれません。しかし、それはあなたにある種の可能性を感じたからです。頑張ってください。


匂い立つ 春紅の 桜下 風のそよいで 散る花びらや

春の匂い香り、そして桜。春そのものの雰囲気を表現したつもり
なのですがぁ…。

三首目は題名と違うのですが雰囲気が似ているのでどうかと思って加えました。短歌については全然勉強らしき事をした事がありません。


全体に、やはり言葉の調子で歌っているから、流れてしまっていますね。そうすると、どうしても軽くなり、印象が薄くなるのです。短歌は定型詩だから律調は大切ですが、それにも曲折をつけることが必要です。ススー、と流れては印象が薄くなる。また、桜といえば春ですからね、その意味の語の重複も見られます。それに、詠まれている情景自体、ありふれていませんか。桜は古来散々に歌に詠まれて来ていますから、よほど特徴のある情景を捉えて歌わないと、読者に印象が残りません。こうした事を参考にされ、この作品を再考して下さい。




5月3日
kunikoさん  

幾とせもかかりて花つくどうざんはあまたに咲きて人たたずます

5月4日
あおぎりさん

やはり、短歌作品とともに、こんな事を詠みたい、こういう思いを込めたい、といったことも書き添えて頂けると、いいのかな、と思っています。作品からしばしばその肝心なことが伝わらないことが多いからです。ご経験の浅い内はそれも止むを得ないわけですので。添削歌が真意から逸れないためにも。とにかく、上のお作については、次のように添削してみました。
(「どうざん」は「どうだん」つまり「どうだんつつじ」のことと理解しました。)
添削:
 「幾とせの後やうやくに咲きさかる満天星躑躅に声なく対かふ」

(満天星躑躅=どうだんつつじ、対かふ=むかふ(正対する、の意))


5月1日
かすみさん

在るがまま 生きんと降る峠道
        素足に草の露こぼれちる


あおぎりさん

かすみさんいらっしゃい。大歓迎です。初心者と言われるけれど、上の作品からはとても信じ難いですよ。前半の感懐叙述は心理的で抽象性が強く、後半は感覚的で具象性が強いですね。それをうまくミックスさせようとしておられる。いや、初心者のわざではありませんね。「降る」は「くだる」なんでしょうけれど、まずは「ふる」と読んでしまいますね。字足らずだらか、次にくだる、と読む、という按配ですね。こういうのは「くだる」とひらがなで書かれた方が無難かな。最後の「こぼれちる」は、うっかりすると「こぼれ落ちる」と読んでしまいそう。これは「こぼれ散る」と漢字の方がいいですね。次に、峠道を行くのですから、素足ではないですね。ただ、「素足に草の露がかかる」と言われると、つい素足か、とも思いかねませんね。実際は靴なりスニーカーなり履いておられて、むき出しになっている足の素肌の部分(ふくらはぎとか)が草に触れて、それに付いていた露がこぼれ散るのですね。歌としては、できたら、前半の抽象と後半の具象がもっとよく通い合う・響き合うといいと思います。次はご参考としての添削です。

「あるがまま生きんと決めて峠道越ゆる我が身に朝の露ちる」



工事中です。お待ち下さい。2001年4月へ戻る