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梧桐学の「いい歌ですね」2005年まで分
過去ログより少しずつ「いい歌」を抜粋してみます。時々のぞいて下さいね。

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*--- 歌の題名 ---*
1.木枯らし   有袋類   立冬   石狩   母の孤独   虹の輪の中   喪が明けて   大きな夢掴んでね   工場の金木犀   読書の秋
2.満ち潮   影法師      秋明菊   金木犀   半島の静かな町に住んだ思い出    薪能      十六夜の月   木犀
3.時間   さるすべり      マニキュア   星空   母旅立ちぬ   逸れ鳥   白百合   夜風   義父
4.風鈴   流星   ポプラ並木   蛍追う   残映   風鈴   通り雨   ベビーシュズ   トーチカ跡   名曲
5.夜汽車   to make tanka makes me comfortable   時空をこえて   花氷   飢餓ゆゑに   ピアス    若き日を偲びて
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時間2001/09/28(金曜)

どのようなお仕事なのか、ちょっと分かりませんが、随分時間に制約された窮屈な生活のようですね。

「自転車で時間と競争する我も気付けば長袖 見上げる秋空」(じゅんこ)

長袖うんぬんは余分ですね。結句で季節感がわかるから。確かに、こま切れの時間で制約をされていると、却って時間の大きな流れが分からなくなるということがありますね。物事の細部に捉われていると、その全体像が分からなくなることに似ています。そうした時間感覚を歌に詠もうとされた点は、新鮮味があります。

添削・改作(口語新仮名遣い)(梧桐):
小刻みに時間に追われる日常にふと見上げればもう秋の雲」

「赤信号その一時に深呼吸 秋空仰いでこぎ出す自転車」(じゅんこ)

添削・改作(口語新仮名遣い)(梧桐):
「信号待ちの寸暇に秋空仰ぎつつ深呼吸してから自転車こぎ出す」

「深呼吸してから」が2字の字余りですが(「から」を外せばいいのですが)、ここはどうしても「から」を入れたいところです。まさに、ひと息入れてから、やおら自転車をこぎ出すという、その動作をはっきり表す(読者に印象づける)ために、この「から」が必要です。これを入れても、歌全体をひと息に読めば、そんなに気にならないでしょう?言葉遣いとしてそれが自然だからです。
この改作はいい歌ですね。


さるすべり2001/09/28(金曜)

「一夏を咲き続けゐし百日紅秋空のもと青き実結ぶ」 (すみえ)

庭に白色のさるすべりがほんとうに百日咲くように、ずっと咲いていました。歌を作るようになるまでは無頓着で、恥じいるばかりですが、一夏中咲いていることも気がつきませんでした。ただの写生ですが、自分が感動した事でしたので詠みました。


ははは。ただの写生ですか。単なる状況報告歌と活きた写生歌は違いますね。写生歌の場合、感動があって写生をするわけですから、対象を活写することでその感動が読者に伝わるわけです。要するに、歌に感動の裏付けがしっかり籠もっているかどうかで、単なる写生歌あるいは状況報告歌の類か、すぐれた短歌かの差が出ます。また、単に写生と見えて、その実は作者の人生観などが裏に込められていることもありますね。短歌も色々です。


添削・改作(梧桐):
「ひと夏を白さるすべり咲きとほし いま秋空に青き実むすぶ」

いい写生歌ができました。(これも状況次第ですが、やわらかさを出すため、漢字の羅列はなるべく避けるようにしました。短歌は三十一音をあまり切らないでひと息に書き下すのがいいのですが(これも状況次第ですが)、読みやすくするために、「咲きとほし」と「いま」の間に、(全角ではなく)半角分の空白を入れました。)
このように、作歌というものは色々こまごまとした配慮をするものです。まあ、作歌に慣れてからでいいのですが。


2001/09/27(木曜)

「ごめんね」と声かけ蜆炊く夕餉やがてカタコト音の聞こゆる」(桐子)

ご飯を炊く、とは言いますが、「蜆を炊く」はどうでしょう。また、夕餉は夕食あるいはそれを摂ることで、その準備とか料理することではありませんね。とはいえ、「カタコト」は汁が沸騰しかけたときの音で、決して蜆が耐え切れずに開く音ではない、それでいてそのように思わせます。動けない貝が必死に動こうとする音、また断末魔の声ともとれます。これはいい歌ですね。特に後半がいいです。捉えられた情景がはっきりと脳裏に浮かんできます。

添削(梧桐):
「ごめんね」と声かけて煮る蜆汁やがてカタコト音の聞こゆる」


マニキュア2001/09/19(水曜)

「戯れて娘ぬりくれしマニキュアに節くれた手も華やぎの見え」(あゆ子)

第二句「娘ぬりくれし」はちょっと窮屈です。「娘(こ)のぬりくれし」と、ルビを振るといいです。最終句もちょっと苦しい言葉使いですね。しかし、親娘の情が伝わるいい歌です。改善すれば、もっとよくなります。

添削・改作(梧桐):

「戯れに深紅のマニキュア娘(こ)に塗られ節くれ立てる吾が手華やぐ」


星空2001/09/18(火曜)

星空を見上げると 夜空に吸い込まれそうで 足元の草々は
いつしか広い広い草原になって波打っているのです


夜空といい、草原と言われる。自然があふれたいいところにお住まいですね。フランスのプロヴァンスのようなところですか。前にも書きましたが、あおぎり周辺は星さえまばらにしか見えません。羊飼いの見た星は流れ星だった・・・。五木ひろしの歌う名歌謡曲「夜空」は、あおぎりも好きで、つき合いで誘われてゆくことがあるスナックのカラオケで、歌ったりします。また、谷村新司の「昴」も好きで、同様によく歌います。

「星空を仰げばわたしは羊飼い草原揺れてひろがる如し」(幸乃)

添削・改作(梧桐):

「羊飼まねび星空仰げれば四囲寂寞の草原と化す」

いい歌ができました。


母旅立ちぬ2001/09/16(日曜)

15号台風が去った夕方、実母が亡くなりました。アメリカでのテロには胸がふさがります。亡くなられた多くの方々のご冥福をお祈り致しています。

それはご愁傷様ですね。心よりご母堂のご冥福をお祈り致します。折悪しく、世界的事件が並列して起こりました。5年半のご闘病生活でしたか。その間も大変でしたでしょうね。ご本人も周辺の方々も。(あおぎりの母は10年も前に亡くなっています。それを主題とした第6歌集「幻蝶」は、近く文芸社から出版予定です。私家版の正規単行本としての再版ということになりますが。)

「5年半病み臥しし母旅立ちぬ嵐去る午後笑みを浮かべて」(あゆ子)
「納骨を終えて家族ら帰る道ひときわ赤く彼岸花咲く」(あゆ子)


お母さんの死に接して、悲しみが素直にしみ通るように詠まれています。「悲しく寂しい」のが事実ですが、歌のどこにもこれらの言葉はありません。しかし、確かに悲しさ、寂しさがしみじみと伝わってきます。中でも、赤い彼岸花(曼珠沙華)が象徴的ですね。暗く悲しく寂しい中にも、いやそれだからこそ、曼珠沙華の赤がひときわ目立ち、せめてもの慰めとなったのですね。こうした雰囲気を壊さないように添削・改作してみます。

添削・改作(梧桐):
「五年半の闘病なりき風去りし午後ほほゑみて母逝きましぬ」
「納骨して皆寡黙なる帰り道ひときは赤く曼珠沙華咲く」


いい挽歌ができました。


逸れ鳥2001/09/10(月曜)

「黒雲の垂れし黄昏逸れ鳥侘しく鳴きて空にとけこむ」(桐子)

添削・改作(梧桐):

「宵の空おほふ暗雲なほ深くへ鳴きつつ消えゆく迷鳥一羽」

いい歌になりました。


白百合2001/09/03(月曜)

「花は赤好みなれども一本(ひともと)の白百合咲きて心うごくも」(桐子)

白をもっと強調するといいですね。

添削・改作(梧桐):
「赤き花われは好めど純白に咲く百合見れば心うごくも」

いい歌になりました。

「赤い花好きなのでもね白百合のあの白さも素敵ねハッとして」(桐子)

「白百合のあの白さも」は、字数制限の厳しい短歌では無駄な表現です。また、「素敵ね」は結句の「ハッとして」と重複しています。

添削・改作(梧桐):
「花は赤が好みだけれど真っ白に咲く一本の百合にハッとした」

これも、口語短歌なりにいいですね。


夜風2001/09/03(月曜)

夏の夜の 窓に入りたる涼風に オーロラのごとく カーテンの舞う」(紫生)

「窓に入りたる涼風」というのは表現として不完全ですね。風は「窓から入ってくる」のでしょうし、現在カーテンをゆらしているから過去形ではまずいですから。ただ、カーテンが舞う様をオーロラのようだ、と感じられたのは、新しい感動の発見ですね。短歌を詠むためにはこうした感性が欠かせません。確かに、その種の感性をお持ちです。それを読者に印象がつよく残るように、どううまく短歌で表現するか、それは今後たくさん短歌を詠み込まれることで身に着く才能なのではないでしょうか。添削・改作はそのお手伝いです。

添削・改作(梧桐):
「月光をのせて涼風差しくればオーロラのごとカーテンゆらめく」

美しい歌ができましたね。歌材が良ければ、いい歌になるものです。
なお、月光を入れたのは、揺らめくカーテンがオーロラのように見えるためには、やはり何らかの光が必要だからです。この程度の創作はよくやられます。また、カーテンと言っていますから、窓は不要ですね。語数制限が厳しいので、最適な、そして無駄のない語の選択が求められます。


義父2001/08/29(水曜)

「車椅子の義父の側に寄るナース やさしい言葉に辺り和らぐ」(あゆ子)

添削(梧桐):
「車椅子の義父に近づき声かくるナースは泉のやうにやさしも」

いい歌になりましたね。


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