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梧桐学の「良い歌ですね」

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*--- 短歌の題名 ---*
1.   病む   雨戸    熱燗      陽射し   蝋梅の蕾   木の手摺り   ひとり言   義母
2.   遠花火      セシウム被害   朝顔の花   妻の死      おもちゃの金魚   花柄浮かぶ   新しい扉
3.雑草   時計   洋上慰霊に参加して   波のひかり   名前       温暖化   想い出   幼き頃   (新仮名)
4.空間   春の訪れ   洋上慰霊に思う   大晦日に   平均年齢    コポコポ      九十七歳   手話   十二月八日
5.ハロ-ワ-ク   眠る   クモの糸   幼子   重さ楽しむ   お盆   広島の蝉   故郷1・2   通り雨   草履
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カーテン2006年4月18(火曜)

「落日を待たずに引きしカーテンの向かふに残る春の爛漫」(がんてつ)

ヘルパーさんが帰り際になさる作業の一つにカーテン引きがあります。「まだ陽がありますけど、すぐ寒くなりますから閉めときましょうね」と厚手のカーテンを引いてゆきます。一気に外界と遮断されて、折角の春の宵を楽しむことができませんが致し方のないことです。


厚手のカーテンでは外を透かして見ることも出来ないわけですね。お陰で?このいい一首が出来ました。この歌を読んだ人は、結句の「春の爛漫」に斜陽を浴びる満開の桜をイメージするでしょうね。作歌時にそうではなくても、それは全く構わないわけです。作者が病で常臥していることを知れば、一層印象的な歌ですね。いい歌です。

「落日を待たずに引かれしカーテンの向かふに残る春の爛漫」(がんてつ)


前向き2006年4月18日(火曜)

「前向きに生きろだなんて 見渡せるボクの周りは360度」(優子)

新学期になって子どもたちもドキドキわくわくしています。だけど新学期早々つまづいている子も。先日T君のお母さんからメールがきました。少し話を聞いて欲しいと。T君とは週に1回一緒に英語の勉強をしています。「前向きに生きる」。よく言われることですが。でも、へこたれてしゃがみこんでしまってる人はどっちが前かもわからない。荒野の真ん中にぽんと放り出されたように見渡す限り何も見えない。そんな状態なのです。しゃがみこんで途方にくれることしかできない時もある。じっとしているだけでも精一杯。仕方ない。しばらくそのまま。
あおぎり先生、歌の座りがよくないような気がするのでちょっと変えます。すみません。

「前向きに生きろだなんて ボクは今360度のど真ん中」(優子)


言われたいことは解かりますが、しっくり来ないのは360という数字にこだわっておられるからです。(前半は俵万智調ですが、口語歌はどうしてもそうなるのですね。止むを得ません。)

添削:
「前向きに生きろだなんてボクは今たとえば円のど真ん中だよ」(優子)

(何となくいい歌ですね。万智ちゃん短歌もそうですが。いや、真面目に考え直すと奥行きのある歌です。)


一言2006年4月10日(月曜)

「一言が心に刺さる病む我に「優しい」言葉(こと)など掛けないでくれ」(がんてつ)

遊びに来てくれる友人知人に加え、関係者の皆さん方から何気なく掛けて戴く「優しい言葉」が、事の他心に滲みます。懸命に耐えてるものが一気に崩れていくような・・・。いい歳をして、とお笑い下さい。


深層心理を吐露出来るのも短歌の良いところなのでしょう。お作で「刺さる」は大抵は(悪く)刺激的な場合に言いますね?あとの「優しい」に呼応させるには「沁みる」なのでしょうね。添え書きでもそうおっしゃっいます。いや、そうでもないのかな。そのあたりは(知人さんたちが掛けた言葉が何だったかも解らないし)真のご本心はやはり解かりませんので・・・。そう思って、改めてこの一首を読みますと、その意味の深みが出てきます。

「一言が心に刺さる病む我に優しい言葉など掛けないでくれ」(がんてつ)

(いい歌ですね。)


思い出2006年4月9(日曜日)

「空っぽのブランコだけが揺れている思い出はすべてそんなふうです」(優子)

夫が昨日の午後、押入れのみかん箱に入れてある本を部屋いっぱいに出して整理していました。押入れの奥からアルバムが一冊。シュンが保育園に通っていた頃のものでした。私たち夫婦も若くってシュンも幼くて・・・。時が過ぎればどんなことも(たとえそれが苦い思い出であったとしても)かすかな温もりを持って蘇ってきますよね。思いがけず見つけたアルバムで少しの間やわらかな気持ちに包まれていました。


息子さんの幼い頃のアルバムが出てきて、ご夫婦でしばらく懐旧談を楽しまれたことでしょう。お作、詠う主題の出色な切り取り方ですが、後半がやや説得調では?

改作例:
「空っぽのブランコひとつ揺れているそこから始まる思い出いくつ」(優子)

(いい歌ですね。)


花の雨2006/04/18(火水曜)

「雨に混じり花びら降れば雲さへも日を含むごと明るみを帯ぶ」(紗柚)

雨と一緒に花びらが降ると雲も街も心持ち明るく見えるような気がして今にも雨が上がるのではないかと思えました。それほど強い雨ではなく雨雲もさほど厚いものではなかったからかもしれません。実際は一日降り続き翌日もすっきりしない天気でした。雨や曇りの日の多い桜の季節となってしまいましたが今まで気づかなかった美しさも楽しめました。


「雨に混じり花びら降」るとは、新鮮で、いい所を衝かれますね。雲が日を含んで明るんで見える、という捉え方もいいです。このお作は詠い方もうまくいっています。何か明るい未来が待っているような、そういう予感さえ感じさせます。もう一歩ですよ。

添削:
「雨に混じり花びら降れば雲さへも日を含むごと明るみてあり」(紗柚)

(いい歌です。)


花吹雪2006/04/12(水曜日)

「三川が一つとなりて流るるを見送るやうに花吹雪舞ふ」(紗柚)

大山崎山荘から桂川の桜を見た時は桜吹雪には早い時期でしたが、これらが散るときもきれいだろうと想像しました。三川が合流して一つの大きな流れになり海に向かうことを考えると広大さを感じます。先生の所の木曾三川は伊勢湾に注がれるのですね。こちらは大阪湾です。三川合流する所で間近に桜吹雪を見たいと思いましたが、悪天候続きでまた来年ということになりそうです。想像のみの歌になってしまいすみません。


河口付近にも桜がたくさんあって、このお作のような光景が見られるということなのでしょう。今年は想像だけとのことですが。

添削:
「三川が一つに海へ流れ入る餞(はなむけ)として花吹雪舞ふ」(紗柚)

(雄大さも秀麗さもあり、いい歌ですね。結句「花吹雪舞ふ」は常套的ですが、ここではそう感じられない。常套句でも使われ方で味気なくはならない例でしょう。)


恋心A2006/04/16(日曜)

「心して耳かたむける低き声この年ゆえに恋しと想う」(anyanya)

年若い頃の恋は「目から心に」と歌われているように容貌に惹かれ結婚に到達しますが、年取っての恋は落ち着いた話し振りや文芸・政経への思慮の深さや憧憬といった会話や内面の人柄に惹かれるのだと実感した恋でした。


「年若い頃の恋は「目から心に」と歌われているように容貌に惹かれ結婚に到達しますが」はご自身のことでもあるのでしょうね。現在意中の男性は人柄温厚にして社会的常識にも富んでいるのでしょう。大いに恋して下さい。ただし、ご夫君には内緒。こうして歌になるだけでもその存在理由は小さくありません。それにしても<恋>という心の作用は摩訶不思議ですね。loveとaffection、歳行けば後者なのでしょうか。

「心して耳かたむける低き声この年ゆえに恋しく想う」(anyanya)

(壮年の恋を詠って、これはこれでいい歌ですね。)


友だち2006/04/15(土曜)

「上る君と下る私がすれちがうエスカレーターに無限大の空(くう)」(優子)

以前、駅から地上に下る私と駅に向かって上ってきた友だちがエスカレーターですれちがったことがあります。「おっ」「やっ」とお互いに声をかけて上下に離れていきました。背中合わせにどんどん離れていく。とても仲良しのお友だちです。滅多に会うことができない友だちですが・・・。

「上る君と下る私がすれちがうエスカレーターに無限大の線」(優子)

<空>の言葉をかなり考えたのですが。なんだかやっぱりネガティブなイメージですねぇ。温かい感じを出したかったのです。<線>、<春>、<温(おん)>・・・。ありきたりですが、やっぱり線にします。よろしくお願いします。


エスカレーターで上って来る友人、下っていく自分、近付きすれ違い遠ざかる・・・近々と居るのに決して同化出来ない二人、二人は異次元の世界に居るようです。異次元・・・空間的にも時間的にも。大変仲良しで、滅多に会うことのない二人とのことですが、この寸劇のあと二人はどうしたのだろうか、と第三者は考えますね。

添削(改作):
「上る友と下る私がすれちがいエスカレーターに時空ねじれる」(優子)

(いい歌です。)


桜22006/04/13(木曜)

「散り敷きてやがて朽ちゆく花びらの淡き感触靴底にあり」(ゆう子)

そろそろ葉が出始めて盛んに桜は散っています。


結句の「靴底にあり」がいいね。

添削:「散りつもりやがて朽ちゆく花びらのはかなき感触靴底にあり」(ゆう子)

(いい歌です。)


春の風鈴2006/04/10(月曜)

「桜木に小さき風鈴吊るされて花びら散る度はかなげに鳴る」(紗柚)

「桜木に小さき風鈴吊るされて散る花びらを惜しむごと鳴る」(紗柚)

前夜見たライトアップの桜が見事だったので昼の桜も見たくなり仕事前少し早めに家を出てまた木屋町を散策しました。近くの店の方がされたのか満開の桜の木に風鈴がつるされているのに気づきちょっと驚きました。晴天で気温も20度近くあったので爽やかな感じもしました。風鈴がなると同時に花びらが舞い少し寂しくもありました。下の歌は同じことを比喩を用いて詠みかえたのですがこの場合どちらの方が適切か迷っています。「散る花びらを惜しむ」が常套表現かとも思えます。2首になりお手数ですがご指導及びどちらかでの添削宜しくお願い致します。


歌材として適し過ぎているきらいはありますが、美しい情景ですね。おっしゃる通り二首目は「散る花びらを惜しむごと鳴る」が常套表現で、というより意識的(やらせ的?)で、やはり一首目がいいですね。もっと良くなりますよ・・・

添削:
「桜木に吊るされてゐる風鈴の音(ね)が花びらとともに散るなり」(紗柚)

(いい歌ですね。紗柚さんのお作は、このようにあとわずかな工夫でとても良くなる場合が多いです。あと一歩、いや二歩かな。)



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